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青松 基のブログです。デザイン/アート/日常のことなどとりとめなく。
ウェブと雑誌について
2008年 07月 07日 (月) 00:34 | 編集
ウェブがコンテンツ同士を検索という手法である種自動的に関係づけ、編集の意味を根本的に変えてしまった、というようなことを大学の後輩と話していた。こんな難しい言い回しはしていなかったんだけど。今ある、いわゆる定期刊行される雑誌とウェブの似ているところと違うところがどこにあるのか。

ウェブでは自動化されてしまったコンテンツ同士の関連づけを、雑誌では編集者というある一人(または編集部という複数)の人間の観点からやっている。そこにはオリジナリティーの魅力があるわけだけど、果たしてそれだけで雑誌は今後続いていくのかというと、そうではない気がする。

この方向では話は進めず、もう一方の違い、情報の「モノ化」について話を進める。雑誌においてはまず、紙に定着され、読み手の手元にそれが届かない限り、その情報は永遠に公開される事はない。これは雑誌の宿命。近年ネット小説が書籍化されて売れるという現象が起きているのは、ネットを小説で読む事に馴染みのない層に向けた一つの流通現象であって、今後、情報というものを、メディアを問わず等価に扱う事がもっと一般的、無意識的になっていけば、こういった単純な現象は起きてこないんじゃないだろうか。一見、きちんと「紙派」と「画面派」の済み分けがなされていることの証明であるかのように感じるけれど、そこに乗っかっている文字情報が同一なわけだから、それ意外の部分、例えば豪華版書籍として作ってなにかモノとしての付加価値を高めたりとか、そういうことを売る側としては考えるようになる。

一方では、モノとして消費され、消え行くがゆえにそこに価値が生まれ、購買意欲をそそるという構造を持っている雑誌。一方では、どこかの誰かが、何の賞与も期待せずに作り出すコンテンツが無限に蓄積され、巨大なコンテンツの大海原と化してゆくインターネット。雑誌は有限、ネットは半永続的。

ここからは僕はまだまだ専門外なので曖昧な話になってしまうけれど、雑誌は、キーワード的な編集の手法をいつまでやっっていても、結局ネットと比較して劣ってくる部分はたくさんあって、それよりも、その編集の手法自体を別のものにしないと、これから生き残っていかないのではないかと。それは、すごくパーソナルな視線にもっとシフトすることなのかもしれないし、ある単純なキーワードではつながらないような、複雑で抽象的な関係でもって編集をするような、そういうことが考えられないのか。整合性にはとらわれないような、バイキングの皿の上の料理のような雑誌(?すいませんたとえがあまりうまくない。)

・・・んーこれもっと考えないとだめだわ。
この記事へのコメント
コメント承認が遅くなって申し訳ない。

いろいろと関心がリンクしているんだねぇ。
やっぱり、今、切実な問題としてあることなんだろうなぁ。
メディア・リテラシーですか。

今度話しましょう。いろいろ。

最近、やっぱり「デザイナー」っていう立場を捨てきれない自分に
少しイライラし始めている。もっと自由に考えたいのに。

難しいもんです。シガラミ。
2008/ 07/ 12 (土) 01: 57: 20 | URL | aomatsu # -[ 編集 ]
こんにちは。
はじめまして。
いつもお世話になってます。
おじゃまします、泉です。

……web上での挨拶ってほんとややこしいね。泉です。


>ウェブでは自動化されてしまったコンテンツ同士の関連づけを、雑誌
>では編集者というある一人(または編集部という複数)の人間の観点
>からやっている。そこにはオリジナリティーの魅力があるわけだけど

これさ、これさ、この話題これだよね、コレ↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%86%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%BC

wikipediaのメディア・リテラシーの項目です。
これの概要のとこが私も気になってて。
というか、もうずっと気にしまくっていて。
実務未経験者なので、実務の視点からは何も言えないんだけど……これをどうするかってことが、自分がやってる制作にえらい関係してくるんですよ。
やっぱり聖書関係の文献読んでいても、同じテーマを拾ってしまうんですよ。
……どうしようなぁ、難しいなぁ。

>すごくパーソナルな視線にもっとシフトすることなのかもしれないし、
>ある単純なキーワードではつながらないような、複雑で抽象的な関係
>でもって編集をする

そうそう……未だに終らない卒業制作のテーマがまさにこれです。
タスケテー。
わかりそうでわからない。
わからなそうでわかりそう。
タスケテー。

で、どんづまった私は先日から、

>「Flashとか使えません」とか言ってる場合じゃぁないねほんと。

脱出口を求めて、まさにaction scriptの入門書読み始めました(涙)。

紙とコンピュータ。
有限・半永続的。
紙派・画面派。
いろいろあるね、イメージ。
うん。
私は最近、この2つの媒体について考えていると、鳥瞰・虫瞰とかいう些細な印象を抱きます。
どうなんだろう。
知らないことが多すぎて、あまり大きな声では話せないお年頃なので、今度良かったらお話ししましょうよ。

いたって真剣に書いてるんだけど、どうにも要領を得なくてごめんねー、失礼しました。
2008/ 07/ 11 (金) 00: 45: 12 | URL | 泉 # KfnIVzuA[ 編集 ]
追記
こういうメディアそれぞれの特徴をもっと際立たせて明確にすることで、あるコンテンツを作るとき(雑誌に限らず書籍、広告、映像、ウェブなどなど)に、その内容をどのメディアに落とし込む事が一番適切かを判断できるような、そんな位置からプロジェクトに関われることが、デザイナーとして理想的なんだろう。もっともっと、それぞれの特徴を抽出していかないと。「Flashとか使えません」とか言ってる場合じゃぁないねほんと。
2008/ 07/ 07 (月) 01: 59: 36 | URL | aomatsu # -[ 編集 ]
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