2008年
04月
05日
(土)
23:52 |
編集
新宿御苑に初めて行ってきた。会社の同期とお花見で。
みんなパラパラと集まってうだうだとするのんびりした花見で
たまにはこんなのもいいなぁと完全に日和ってました。
桜吹雪の下でシートをしいてゴロンと横になって
空を見上げていると、目の前で当然のように起こっている事の
複雑さと美しさの不思議にふとドキリとさせられる瞬間がある。
みんなパラパラと集まってうだうだとするのんびりした花見で
たまにはこんなのもいいなぁと完全に日和ってました。
桜吹雪の下でシートをしいてゴロンと横になって
空を見上げていると、目の前で当然のように起こっている事の
複雑さと美しさの不思議にふとドキリとさせられる瞬間がある。
頭上の枝の花びら一枚一枚の震え、背景の空の青の深み、
周りの雑踏の音、土のヒヤリとした冷たさ、
木の向こう側を飛ぶ鳥、その鳥の飛翔するメカニズム、
やわらかい風の肌触りと匂い、意識はどんどん拡散していく。
複雑で何ものにも代え難い体験が、今目の前で起こっているのに、
こうやって時間を作らないと、すべてを「見る」ことができない。
やっぱりそれは豊かであるとは言えないんだろうな。
御苑には重そうなカメラを携えた人が何人も闊歩していて、
(そういえば寝っ転がっているところを勝手に撮られた!)
そういう人たちを見て写真と今目の前の原体験について考える。
ハプニングをハプンドに変換するのが写真「機」であるとすれば、
写真それ自体は、一旦過去形に変換された出来事を
新たに「別個の」ものとして体験するメディアであるとも言える。
映画より写真より何よりオリジナルな目の前の出来事の
再生産でしかないのが写真なら、そんなものはつまらない。
写真にすることで新たに出来上がる体験、
原体験を作り出せるような写真に出会いたい。
にしても、
着物で出歩くのはなんだか気持ちが新しくなって良い。
また何にもないときに着ていこう。
周りの雑踏の音、土のヒヤリとした冷たさ、
木の向こう側を飛ぶ鳥、その鳥の飛翔するメカニズム、
やわらかい風の肌触りと匂い、意識はどんどん拡散していく。
複雑で何ものにも代え難い体験が、今目の前で起こっているのに、
こうやって時間を作らないと、すべてを「見る」ことができない。
やっぱりそれは豊かであるとは言えないんだろうな。
御苑には重そうなカメラを携えた人が何人も闊歩していて、
(そういえば寝っ転がっているところを勝手に撮られた!)
そういう人たちを見て写真と今目の前の原体験について考える。
ハプニングをハプンドに変換するのが写真「機」であるとすれば、
写真それ自体は、一旦過去形に変換された出来事を
新たに「別個の」ものとして体験するメディアであるとも言える。
映画より写真より何よりオリジナルな目の前の出来事の
再生産でしかないのが写真なら、そんなものはつまらない。
写真にすることで新たに出来上がる体験、
原体験を作り出せるような写真に出会いたい。
にしても、
着物で出歩くのはなんだか気持ちが新しくなって良い。
また何にもないときに着ていこう。
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