majime - note
青松 基のブログ。デザイン・アート・日常のことなどとりとめなく書き綴っています。
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生活を活かすための茶道
2008年 04月 04日 (金) 02:20 | 編集
僕は「茶道」というものをやったことが一度もない。
だから、茶道とは、なんてことを語る資格は何もない。
それでも、柳宋悦の本を読んでいると、
心に響いてくる箇所が多くて驚いてしまう。

本からだけの知識でものを語るのはどうかと思うが、
今『茶と美』を読みながら感じることは、
茶道もまた生活を編集する一つの方法だということ。
茶道自体は、その様式の成立以前に、
まず「見る」ことから始まった、と宋悦は書いている。
例えば目の前にある茶碗なら茶碗を、
何の色眼鏡を通して見ることなく「見る」ことを通して、
茶碗それ自体の質を見極め、それを踏まえた上で
用いることで、日々の生活をより豊かに生きる、
それがだんだんと手法として確立されていったのが
いわゆる茶道であるという話。

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土俵に上がるためには
2008年 04月 03日 (木) 02:34 | 編集
帰りの電車の中で
線をひっぱった箇所を引用してみる。


 珍しいということにはひとつの価値があるともいえる。珍しい物は保護されるべき性質が加わってくる。少ないが故に貴ばれることには必然さがある。多いものは容易に得られるからである。…(中略)…
 だが私達は盲目的にこの性質を受けてはならない。…(中略)…もし珍種に執着するなら、変種の蒐集という横道にそれるであろう。このことにあまりこだわるのは蒐集の質を却って落とすであろう。…(中略)…珍しくて良い物は、それこそ珍しいといわねばならない。珍しくて悪い物はこの世に案外珍しくないともいえよう。…(中略)…珍しくとも多くとも、良い物は良いとし、悪い物は悪いとして、選択を施すのが正当である。

柳 宋悦『茶と美』「蒐集について」より


この人の文章は、
一言、一言がシンプルで厳しさに満ちている。
ある種チヒョルトに似て独断的な態度を見せつつも、
他を寄せ付けない威厳に満ちた佇まいで
読者を納得させてしまう。

この種の厳しさに憧れつつも、
多様性に満ちた世界を受け入れきれない
限界を設定してしまうその立場に、
共感しきれないジレンマを感じる。

ではどっちつかずでふらふらしていていいのかというと
そうではない。
何らかの自分の立場を表明しない限り、
少なくとも土俵には上がれない。
土俵にあがりつつ、相手の力士の人格や
観客まで受け入れてしまえるような、
大きな器がほしい。
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